マザー・テレサは、インドのコルカタ(当時の表記ではカルカッタ)で、貧しい人や病気の人を支え続けたカトリック教会の修道女(しゅうどうじょ)です。「死を待つ人々の家」などの施設(しせつ)をつくり、生涯(しょうがい)を人のためにささげました。
その活動は世界中でたたえられ、1979年にはノーベル平和賞を受賞しました。
この記事では、マザー・テレサの生い立ちやコルカタでの支援活動、そして私たちが学べる「人に寄りそう優しさ」について、わかりやすく紹介します。
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このトピックスのもくじ
マザー・テレサってどんな人?
マザー・テレサは、大きな権力やたくさんのお金ではなく、目の前の人を大切にする行動を積み重ねた人物です。困っている人に気づき、そばに行き、自分にできることをひとつずつ続けました。
食事を用意する、体をふく、名前を呼ぶ、話を聞く。どれも特別な道具がなくてもできることですが、マザー・テレサはそうした身近な世話を通して、一人ひとりを「大切な人」として受け止めました。
マザー・テレサの生き方は、今も世界中の多くの人に影響(えいきょう)を与えています。まずは、どのような子ども時代を過ごしたのか見ていきましょう。
マザー・テレサの生い立ちとシスターになるまで
マザー・テレサは、はじめから世界中で有名だったわけではありません。現在の北マケドニアで生まれた一人の少女が、人を助ける道を選び、やがてインドで活動を始めました。
生まれた国と子ども時代のようす
マザー・テレサは1910年、現在の北マケドニアにあるスコピエという町で生まれました。本名は「アグネス・ゴンジャ・ボヤジュー」といいます。
家族はアルバニア系で、キリスト教を深く信じる家庭でした。アグネスは子どものころから教会に通い、祈りや人を助ける考え方にふれて育ちました。
のちに世界で知られる「マザー・テレサ」という名前は、修道女になってから使った名前です。
人助けのために「シスター」の道へ
アグネスは18歳のとき、家を出てシスターになる道を選びました。シスターとは、キリスト教の教えにもとづいて、祈りや人々を支える活動を行う女性のことです。「修道女」とも呼ばれます。
アイルランドにあるロレト修道会(しゅうどうかい)で学んだあと、アグネスはインドへ向かいました。インドでは「シスター・テレサ」として、コルカタの学校で先生をしていました。
先生として働く中で、マザー・テレサは修道院(しゅうどういん)の外にある厳しい暮らしにも目を向けるようになります。学校に通えない子どもや、病気でも十分な世話を受けられない人々の姿を見て、その人たちのそばで生きることを決意しました。
インドのコルカタで始めた支援活動
マザー・テレサの支援は、コルカタの街で出会った人々に向き合うことから始まりました。子どもたちに学ぶ場をつくり、病気の人を受け入れ、身寄りのない子どもを守る活動へと広がっていきます。
学校に行けない子どものための「青空教室」
マザー・テレサは学校の先生をやめたあと、「スラム」と呼ばれる貧しい地域で暮らす人々のところへ行きました。そこには、家の仕事を手伝ったり、お金が足りなかったりして、学校に通えない子どもたちがいました。
そこで始めたのが、屋外で文字や数を教える「青空教室」です。机や黒板がない場所でも、地面に文字を書き、子どもたちが学べるようにしました。
マザー・テレサは、食べるものや住む場所だけでなく、子どもたちが未来をひらくための「学ぶ機会」も必要だと考えていました。
行き場のない人のための「死を待つ人々の家」
コルカタの街には、病気で苦しみながら路上で倒れている人もいました。家族がいない人や、お金がなくて病院に行けない人も少なくありませんでした。
1952年、マザー・テレサは「ニルマル・ヒルダイ」という施設を開きました。日本語では「死を待つ人々の家」と紹介されています。ここは、病気の人が人生の最後の時間を、一人の人間として大切にされながら過ごすための場所でした。
インドには、ヒンドゥー教、イスラム教、キリスト教など、さまざまな宗教(しゅうきょう)を信じる人がいます。マザー・テレサは宗教や身分に関係なく、目の前の人を受け入れました。体をふき、食事を用意し、声をかけることで、その人がひとりぼっちではないと感じられるようにしたのです。
身寄りのない子のための「子どもの家」
活動は、身寄りのない子どもたちにも広がりました。親を亡くした子どもや、育ててくれる人がいない子どもたちを守るため、1955年に「シシュ・ババン」と呼ばれる「子どもの家」を開きました。
子どもにとって、名前を呼ばれることや、安心して過ごせる場所があることは大きな支えになります。マザー・テレサたちは、食事や身の回りの世話をしながら、子どもたちが自分の存在を大切に思えるように関わりました。
ほほえみを向ける、手を取る、相手の目を見て話を聞く。小さく見える行動の積み重ねが、子どもたちの心を支える力になっていきました。
活動が世界に広がりノーベル平和賞を受賞
マザー・テレサの思いに共感する人は、少しずつ増えていきました。1950年には、同じ志を持つシスターたちとともに「神の愛の宣教者会(せんきょうしゃかい)」というグループを始めます。
世界中へ広がった支援の輪
神の愛の宣教者会は、貧しさや病気、孤独に苦しむ人々を支える活動を広げていきました。コルカタで始まった取り組みは、インド各地、そして世界の国々へと広がります。
その活動に参加したのは、特別な力を持つ人だけではありません。シスターやボランティアなど、多くの人が「目の前の人のためにできることをする」という考えに心を動かされました。
ノーベル平和賞の受賞と世界へのメッセージ
1979年、マザー・テレサはノーベル平和賞を受賞しました。貧しさや孤独に苦しむ人々を支える活動が、平和につながる取り組みとして評価されたためです。
マザー・テレサは、ノーベル平和賞の講演で「愛は家庭から始まる」という考えを語りました。遠くの誰かだけでなく、まずは身近な家族や周りの人を大切にすることが、平和につながる行動だと考えていたのです。
マザー・テレサは1997年に亡くなりました。その後、カトリック教会で2003年に列福(れっぷく)され、2016年に列聖(れっせい)されました。列聖とは、カトリック教会で聖人(せいじん)として認められることです。マザー・テレサの生涯は、今も多くの人々に語り継がれています。
マザー・テレサについてのQ&A
Q. なぜ本名ではなく「マザー」と呼ばれるのですか?
A. マザー・テレサが、シスターたちのリーダーになったからです。「マザー(お母さん)」という言葉には、周りの人からの尊敬の気持ちがこめられています。
Q. ノーベル平和賞でもらった賞金をどう使ったのですか?
A.マザー・テレサは、ノーベル平和賞の賞金を貧しい人々のために役立てたいと考えました。豪華なお祝いよりも、家のない人や食べるものに困っている人を支えることを大切にしたのです。
Q. マザー・テレサの有名な言葉はありますか?
A.マザー・テレサの「小さなことを、大きな愛をもって行うだけです」という言葉がよく知られています。マザー・テレサは、大きなことをするよりも、目の前の人を思って行動することに意味があると伝えました。
マザー・テレサから学べることは「優しさを行動に移す大切さ」
マザー・テレサは、生涯をかけて、助けを必要とする人々のそばに立ち続けた人物です。コルカタで始めた小さな活動は、多くの人の心を動かし、やがて世界中へ広がりました。
私たちがマザー・テレサの生き方から学べるのは、「優しさを行動に移す大切さ」です。困っている人に気づく、話を聞く、相手が安心できる言葉をかける。身近な行動の積み重ねが、誰かを支える力になります。
「自分にできることは小さい」と感じることもあるかもしれません。それでも、身近な人にほほえみかける、優しく声をかける、相手の話を聞くことは、今日からでもできます。
マザー・テレサの生き方は、人に寄りそう優しさを、今も私たちに教えてくれています。








































