パンの歴史はいつから?パンの始まりや日本へ伝わった時期

公開日: 2024/05/31

食パンにフランスパン、種類豊富な菓子パンなど、日本ではさまざまな形や味わいのパンが食べられています。しかし、日本で日常的にパンが食べられるようになったのはほんの80年ほど前からです。パンはどこで生まれてどのように日本に伝わったのでしょうか。そこで、パンの誕生や発展の歴史、日本へ伝来した理由を解説します。

目次
パンはいつ生まれた?
古代のパンはどんな味?おいしいパンはどのようにできた?
パンが日本へ伝わったのはいつ?どのようにパンは日本人の主食になった?
おいしいパンは偶然生まれた!パンによって食生活はより豊かになった!

パンはいつ生まれた?

パンの歴史は8000年から6000年前から始まったといわれています。パンが生まれ世界中で作られるようになった経緯をご紹介します。

古代メソポタミアで生まれたパン

パンが最初に誕生したのは今から8000年~6000年前、古代メソポタミア時代だといわれています。パンの原料である小麦や大麦は、1万年ほど前に西アジアで発見されました。その後栽培も行われるようになり、大麦を使ったおかゆが食べられるようになったといわれています。古代メソポタミアでは、小麦を水でこねたものを焼いて食べていました。これが世界最古のパンと考えられています。

古代エジプト・ギリシャでパン作りが発展

古代メソポタミアで作られた小麦や大麦、パンの技術は、古代エジプトに伝わりました。古代エジプトに伝わったパンは、食料としてだけではなく神様へのお供え物として作られるようになります。その後、古代ギリシャにパン作りの技術が伝わると、土地の特産のオリーブやブドウを使用してパン作りが一層発展していきます。

古代のパンはどんな味?おいしいパンはどのようにできた?

古代の人もパンを食べていたと聞くと、豊かな食生活を送っていたのだろうと思うかもしれません。しかし、当時のパンは皆さんが想像するパンとは違い、ふわふわサクサクした食感のものではありませんでした。今のようにおいしいパンがどのようにできたのかをご紹介します。

世界最古のパンはガレット

古代メソポタミアで食べられていた世界最古のパンは、ガレットというかたく平たいものでした。通常私たちが食べるパンは、イーストと呼ばれるパン酵母の働きによって生地を発酵する過程を経ています。発酵が起きることで、パンを焼いたときにふんわりと生地がふくらみます。しかし、古代メソポタミアで作られていたパンは発酵の過程を経ていません。このため、ふくらみのないせんべいのようなパンだったのです。現代でも無発酵パンを食べる国や地域はたくさんあります。例えば、インドやネパールで食べられている「チャパティー」は発酵していないパン生地を平たく伸ばして焼いたパンです。

古代エジプトのパンは固かった

古代メソポタミアからパンや小麦が伝わった古代エジプトでも、平たくてカチカチのかたいパンが食べられてきました。しかし、古代エジプトでは石臼などを使うことで小麦を粉にする技術が生み出されます。小麦粉を使ったパンは、それまで食べていたパンよりも柔らかくて味も良かったようです。石臼の技術が改良されきれいな小麦粉を作れるようになったことで、パンの味もどんどん向上していきました。

発酵パンの誕生

古代エジプトでパン作りが盛んになるなかで、発酵パンが偶然誕生します。小麦粉に水を混ぜて練ったあと、しばらく放置していた生地を焼いてみたところ、今まで食べていたものよりもふくらみのある香ばしいパンができあがりました。空気中に存在する酵母菌がついたことで、パン生地が発酵したのでしょう。古代エジプト人はおいしいパンを好み、パン作りの技術を進化させていきました。

古代ギリシャからローマに広がるパン作り

古代エジプトではパン作りの技術を国外に流出することを禁じていました。しかし、捕虜となったヘブライ人によって、古代ギリシャに古代エジプトのパン作りが伝わります。古代ギリシャでは特産のオリーブオイルを使った揚げパンが作られるようになります。また、パン作り専門の職人が誕生し、酵母が含まれたブドウ液から「パン種」が作られました。パン種の登場により、パンを大量生産できるようになります。古代ギリシャ帝国がローマ帝国によって滅ぼされると、パン作りはローマ帝国で広がります。白くておいしいパンを作るために欠かせない「ふるい」が発明され、ローマ市内には一度に大量のパンを製造できる国営のパン焼き場が設置されました。こうして、ローマ帝国では庶民がパンを食べるようになっていきます。

パンが日本へ伝わったのはいつ?どのようにパンは日本人の主食になった?

ヨーロッパで主食となったパンは、その後日本にも伝わります。日本人がパンを食べるようになるまでの歴史をご紹介します。

日本へ伝えられたのは戦国時代

日本にパンが伝わったのは戦国時代でした。ポルトガル人が種子島に漂着して鉄砲が伝来したときに、パンも一緒にもたらされたといわれています。その後、フランシスコ・ザビエルが来日しキリスト教の布教活動を始めると、日本全国にパンも伝えられていきました。キリスト教にとってパンは「キリストの肉」とされる特別なものだからです。パンは外国人が多く住んだ長崎や平戸で作られるようになりますが、日本では元来主食にご飯を食べる習慣があったため、パン食はそこまで広まりませんでした。

パンは持ち運びできる「兵糧(ひょうろう)」として注目される

戦国時代に日本に伝わったパンですが、江戸時代に鎖国政策が始まると唯一外国との交易ができる長崎の出島以外では作られなくなりました。再度パンが注目されるのは、1840年に中国で始まった「アヘン戦争」の時期です。アヘン戦争はイギリスと中国の戦争ですが、中国に勝利したイギリス軍が日本に襲来すると考えられていました。イギリス軍との戦いに備えて、江戸幕府は伊豆韮山の代官だった江川太郎左衛門にパン作りを命じます。パンはご飯に比べて保存ができる食べ物なので、外国軍との戦いが起きたときに兵士に持たせる兵糧としてぴったりだと考えられたためです。実際には戦争が起きなかったので、江川太郎左衛門のパンは利用されませんでした。しかし、1858年に外国との修好通商条約が締結されて鎖国が解除されると、横浜に日本で初めてのパン屋ができ、日本にも少しずつパン食が広まっていきました。

戦後、食生活の洋風化が進んで主食へ

明治時代以降、いくつものベーカリーが登場しあんパンやジャムパンといった菓子パンが庶民の間で人気になりました。しかし、実際に主食として日本人がパンを食べるようになったのは戦後のことです。戦後の日本は大変な食糧難だったため、アメリカは食糧支援として大量の小麦粉を届けました。学校給食が始まると、パン食が子どもたちの間で定着します。食生活の洋風化によって、給食以外でも食事と一緒にパンを食べる日本人が増えました。それに伴い、日本には多くの製パン工場ができ、スーパーやコンビニエンスストアなどでもパンが常に販売されるようになったのです。

おいしいパンは偶然生まれた!パンによって食生活はより豊かになった!

古代メソポタミア時代に誕生したパンは、古代エジプトで偶然発酵されたことによって格段においしくなります。もし古代エジプトで練った生地が放置されなければ、私たちはおいしいパンを食べられていないのかもしれません。古代ギリシャやローマ帝国を経て、もともとご飯を主食とする日本でもパン食の文化が根付きました。現在の日本では、バゲットやロールパン、クロワッサンなど、各国を代表するパンを食べることができます。そのおかげで、日本人の食生活はより豊かになったといえるでしょう。パンの歴史を紐解くと、世界史や地理につながります。今度パンを食べるときは、その歴史に思いをはせてみてはいかがでしょうか。

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