縄文時代はいつからいつまで?暮らしや食べ物、縄文土器・土偶を紹介

身近な疑問

ワンダー 0

公開日2026.11.02

縄文時代(じょうもんじだい)は、日本で1万年以上も続いた時代です。教科書などで名前は知っていても、当時の人々がどんな暮らしをして、何を食べていたのかまでは詳しく知らない人もいるかもしれません。
この記事では、縄文時代がいつからいつまで続いたのか、当時の住まいや縄文土器、土偶(どぐう)などについてわかりやすく紹介します。

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縄文時代とは?いつごろの時代?

縄文時代(じょうもんじだい)は、日本の歴史のなかで1万年以上続いた、とても長い時代です。ここでは、縄文時代がいつごろ始まり、どのくらい続いたのか、「縄文」という名前の由来について紹介します。

縄文時代は1万年以上続いた

縄文時代は、およそ1万数千年前に始まり、約2,400年前ごろまで1万年以上続いた時代です。縄文時代が始まる前の旧石器時代(きゅうせっきじだい)は、寒い時期が長く続いていました。

その後、縄文時代が始まったころには少しずつ気温が上がり、森が広がっていきました。木の実がとれるようになったほか、魚や貝なども手に入りやすくなり、人々は自然の中でとれるさまざまな食べ物を利用して暮らしていたと考えられています。

「縄文」の名は土器の縄目模様に由来する

「縄文」という名前は、当時使われていた土器につけられた縄目(なわめ)の模様に由来します。縄目の模様は、縄を土器の表面に押しつけたり、転がしたりしてつけられました。このような縄目模様のある土器が、この時代を代表するものの一つであることから、「縄文時代」と呼ばれています。

縄文土器や道具は何に使われた?

縄文時代(じょうもんじだい)の人々は、食べ物を煮たり、狩りや漁をしたりするために、縄文土器や弓矢、釣り針、石斧(せきふ)など、さまざまな道具を使っていました。

縄文土器で食べ物を煮て、食べ方を広げた

縄文土器のなかで多く見つかっている深鉢(ふかばち)は、現代の鍋のように、食べ物を煮るための道具として使われました。縄文土器で煮ることで、そのままではかたくて食べにくいものをやわらかくしたり、植物のアクを抜いたりできるようになりました。

縄文土器を使うことで、それまで食べにくかったものも口にできるようになり、食べ物の幅が広がったと考えられています。

弓矢や石斧、釣り針を目的に合わせて使った

縄文時代の人々は、石や骨、木などを使って、生活に必要なさまざまな道具を作っていました。「弓矢」はシカやイノシシなどを狩るために、「釣り針」は魚をとるために使われました。

「石斧」は、木を切ったり加工したりするほか、種類によっては土を掘るためにも使われていたと考えられています。

土偶の使い道は今もはっきりわかっていない

土偶(どぐう)とは、人の形をした焼き物です。しかし、どのような目的で使われていたのかは、今もはっきりわかっていません。毎日の生活で使う土器や弓矢などとはちがい、祈りや願いに関わる特別な道具だったのではないかと考えられています。

土偶には、赤ちゃんが無事に生まれることや、病気やけががよくなることなどを願うために使われたという説があります。ただし、土偶の使い道についてはさまざまな説があり、詳しいことはわかっていません。

縄文時代の人々はどんな暮らしをしていた?

縄文時代(じょうもんじだい)の人々は、木の実や肉、魚、貝などを食べ、竪穴住居(たてあなじゅうきょ)と呼ばれる家で暮らしていました。また、人々が集まる「ムラ」で協力しながら生活し、遠くの地域の人々とも交流していたと考えられています。

木の実だけでなく、肉や魚、貝も食べていた

縄文時代は、本格的な米づくりが広がる前の時代です。森ではドングリやクリ、クルミなどの木の実や山菜をとり、山ではシカやイノシシなどの動物を狩って食べていました。木の実は、縄文時代の人々にとって大切な食料のひとつでした。

また、海や川では、サケやタイ、スズキなどの魚をとり、シジミやハマグリなどの貝も集めて食べていたと考えられています。

竪穴住居を生活の拠点にした

縄文時代の人々は、同じ場所に家を建て、集まって暮らすようになりました。こうして人々が集まって暮らす場所を「ムラ」といいます。

縄文時代の代表的な家は、竪穴住居です。地面を少し掘り下げて柱を立て、その上に木や草などでつくった屋根をかけていました。

ムラには、竪穴住居のほかにも、みんなが集まる広場やお墓などがつくられていました。また、貝がらや魚・動物の骨、壊れた土器や石器などが見つかる「貝塚(かいづか)」もあります。

貝塚では、人や犬が埋葬(まいそう)された例も見つかっています。そのため、貝塚の中には、不要なものを捨てるだけではない特別な役割を持っていた場所もあったと考えられています。

ムラで協力し、遠くの地域とも交流した

縄文時代の人々は、ムラの仲間と協力しながら暮らしていました。狩りや漁などでは、みんなで力を合わせて食べ物を手に入れることもあったと考えられています。

また、自分たちのムラだけでなく、遠くの地域の人々とも交流していました。交流を通して、自分たちの地域ではとれないヒスイや貝、黒曜石(こくようせき)などを手に入れていたことがわかっています。

ヒスイや貝は首かざりや腕輪(うでわ)などに、黒曜石は矢じりなどの道具に使われました。

縄文時代と弥生時代はどう違う?

縄文時代(じょうもんじだい)と弥生時代(やよいじだい)の大きな違いのひとつは、食べ物の手に入れ方や暮らしに使う道具です。

弥生時代になると、本格的な米づくりが広がりました。狩りや漁、木の実の採集なども続きましたが、田んぼで稲を育てて食べ物をつくる農耕(のうこう)が、暮らしの中で大きな役割を持つようになります。

また、米づくりが広がったことで、暮らしに使う道具にも変化が現れました。田んぼを耕したり、稲を収穫したりするための道具が使われるようになったほか、鉄や青銅(せいどう)などを使った金属器も登場しました。

縄文時代についてのQ&A

Q. 縄文人はどんな服を着ていた?

A. 縄文時代(じょうもんじだい)の人がどんな服を着ていたのかは、はっきりとわかっていません。木の皮から作った糸を編んだ布で服を作っていたと考えられています。また、狩りで捕まえたシカやイノシシなどの毛皮も、服に使っていたようです。

Q. 縄文時代の有名な遺跡は?

A. 縄文時代の有名な遺跡には、青森県の三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき)があります。竪穴住居(たてあなじゅうきょ)や大型の建物の跡などが見つかり、多くの人々が暮らしていたことがわかっています。ほかにも、秋田県の大湯環状列石(おおゆかんじょうれっせき)や千葉県の加曽利貝塚(かそりかいづか)などがあります。

Q. 縄文人は犬と暮らしていた?

A. 縄文時代の人々は、犬と一緒に暮らしていたと考えられています。犬は狩りを手伝う存在だったとされ、犬の骨が埋葬された例も見つかっています。犬が人々にとって大切な存在だったことがうかがえます。

縄文時代は自然の恵みを生かし、道具を工夫した時代

縄文時代(じょうもんじだい)の人々は、木の実や魚、貝など自然のめぐみを生かしながら暮らしていました。縄文土器で食べ物を煮たり、弓矢や釣り針などを使ったりして、生活に必要な道具も自分たちで作っていました。また、竪穴住居(たてあなじゅうきょ)が集まるムラで協力し、遠くの地域の人とも交流していたと考えられています。

縄文土器や土偶(どぐう)、貝塚など、今も残るものを調べると、縄文時代の人々の暮らしをより具体的に知ることができます。身近な博物館や遺跡で、どのようなものが展示されているか調べてみるのもおすすめです。

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