日本の昔のお金は金貨や銀貨?それとも小判?円の誕生までの歴史
公開日: 2024/04/30
おこづかいやお年玉をもらったり買い物をしたりと、お金は私たちの生活に欠かせないものです。私たちは当たり前のようにお金を支払うことでさまざまな商品やサービスと交換していますが、ずっと昔の人はお金を使わない生活を送っていました。 また、お金が登場してからも、その形は現在のものとは大きく異なります。そこで、日本の昔のお金がどのように誕生し変化したのかについて、その歴史を解説します。
- 目次
- 日本の昔のお金は塩や米?お金がない時代の買い物方法!
- 日本で最初のお金は和同開珎(わどうかいちん)?それとも富本銭(ふほんせん)?
- 金貨や銀貨が使われ出した戦国時代!日本で最初のお札は安土桃山時代にできた?
- 天下統一した徳川家康は日本中のお金も統一した?
- 円が誕生したのは明治時代!現在のお札と小銭のはじまり
- 私たちの生活に欠かせないお金には約1,300年の歴史がある!
日本の昔のお金は塩や米?お金がない時代の買い物方法!
私たちが何かを購入するとき、お金を使うのが当たり前になっています。しかし、日本ではかつてお金がない時代があり、そのときは物と物の交換で、自分が欲しい物を手に入れていました。これを「物々交換」といいます。そのうち、塩・米・布といった生活必需品が物の交換に使われるようになりました。お金の代わりに使われた塩や米のことを「物品貨幣」といいます。
日本で最初のお金は和同開珎(わどうかいちん)?それとも富本銭(ふほんせん)?
日本における最初のお金について質問すると「和同開珎」と答えるお家の方が多いのではないでしょうか。しかし、社会の教科書では「富本銭」と習った人も多いでしょう。そこで、人によって答えが異なりがちな、かつて日本で使われていたお金について解説します。
飛鳥時代に富本銭がつくられる
現在、日本で最も古いお金は富本銭といわれています。富本銭は683年に中国の銭貨「開元通宝(かいげんつうほう)」を見本にしてつくられた貨幣です。富本銭は1998年に奈良県にある飛鳥池遺跡で発見されました。実は富本銭が発見されるまで、日本最古の貨幣は和同開珎だと考えられていました。このため、お家の方のなかには、日本最古のお金は和同開珎だと習った人も多いのです。
708年に和同開珎がつくられる
富本銭が発見されるまでずっと日本最古のお金だと考えられてきたのが、708年につくられた和同開珎です。和同開珎は埼玉県秩父市で産出された銅が使われた銅貨でした。和同開珎がつくられて以降、平安時代までに「皇朝十二銭(こうちょうじゅうにせん)」と呼ばれる12種類のお金がつくられました。しかし、当時国内の銅産出量が減少したり国家が財政難になったりしたことから、つくるたびにお金の質が悪くなっていきます。このため、日本でつくられたお金は次第に信頼を失っていきました。
その後は中国から輸入した貨幣が使われる
日本国内でつくられるお金の質が悪化したため、皇朝十二銭のあと約600年間日本でお金がつくられることはありませんでした。しかし、中国との貿易や国内での物の交換にお金は必要だったため「渡来銭(とらいせん)」と呼ばれる中国でつくられた貨幣が使われることになります。日本は砂金を輸出して、中国のお金を得ていました。宋の「皇宗元宝(こうそうげんぽう)」や明の「永楽通宝(えいらくつうほう)」は特に日本での人気が高く、たくさん流通していました。しかし、「鐚銭(びたせん)」と呼ばれる質の悪い貨幣や「私鋳銭(しちゅうせん)」と呼ばれる中国銭の鋳型からつくられた偽物なども多く出回ります。このため、お金の価値を見極めて良い貨幣だけを求める、撰銭(えりぜに)も広く行われました。
金貨や銀貨が使われ出した戦国時代!日本で最初のお札は安土桃山時代にできた?
戦国時代になると、日本で再び貨幣がつくられるようになります。また、日本最古のお札はこの時期に誕生しました。
戦国時代に金貨や銀貨が流通し出した理由
日本では戦国時代に金や銀の採掘が盛んになり、精錬技術も向上しました。このため、戦国大名のなかには、金山や銀山を手に入れて独自に金貨や銀貨を発行するものも現れます。代表例としては、武田信玄が作った「甲州金(こうしゅうきん)」が有名です。
豊臣秀吉のつくった金貨や銀貨
戦国時代に豊臣秀吉は天下統一を果たすと、金貨と銀貨をつくります。代表的なものは「天正長大判(てんしょうながおおばん)」という金貨です。この金貨は縦が約1センチメートル・横が約10センチメートルと、世界最大の貨幣となっています。豊臣秀吉がつくった金貨や銀貨は、基本的には家臣へのほうびとして渡す特別なものでした。このため、庶民が物の交換をするときは明銭や鐚銭を使っていました。
日本最古の紙幣といわれている「山田羽書(やまだはがき)」とは?
戦国時代には日本最古の紙幣といわれている「山田羽書(やまだはがき)」も誕生しました。山田羽書は1600年頃、現在の三重県にある伊勢国の商人たちによって使われるようになりました。もともとは銀貨への釣り銭を示すために使用され始めましたが、徐々に通貨として普及していきます。山田羽書はその後、江戸時代に入ってからもずっと使われ続けました。
天下統一した徳川家康は日本中のお金も統一した?
戦国時代まで品質も種類もバラバラのお金が使われてきましたが、江戸時代に入ってからお金が全国で統一されるようになりました。江戸時代に流通したお金について解説します。
徳川家康が発行した貨幣の種類
天下統一を成し遂げた徳川家康は、1601年に大きさや重さ、金銀の含有量を統一した金銀貨を発行しました。家康が発行した貨幣は、大判・小判・一分金・丁銀(ちょうぎん)・豆板銀(まめいたぎん)の5種類です。
江戸時代に発行された代表的な貨幣
家康の後、3代将軍家光は「寛永通宝(かんえいつうほう)」という銅銭を発行します。また、今まで使われてきた渡来銭の使用を禁止したことで、江戸幕府は金・銀・銅による三貨制度を確立しました。三貨制度では貨幣の交換比も定められ、全国で貨幣の価値が統一されました。金貨・銀貨・銅貨を交換する「両替商(りょうがえしょう)」という新しい職業も誕生します。
江戸時代に各藩が用いた藩札とは?
江戸時代中頃から、全国で貨幣不足が起きるようになります。これによって、地方の各藩では「藩札(はんさつ)」と呼ばれる紙幣を発行して、貨幣の代わりに使用するようになりました。貨幣と同様に金札・銀札・銅札の3種類が発行されるのが一般的で、なかでも銀札は多く流通しました。
円が誕生したのは明治時代!現在のお札と小銭のはじまり
私たちが普段使っている「円」という単位が登場したのは明治時代です。明治時代に構築された貨幣制度は、現在も使われているお金の基礎となっています。
明治初期のお金の単位
明治政府は維新後、財政難を改善するため「太政官札(だじょうかんさつ)」「民部省札(みんぶしょうさつ)」など、さまざまな政府紙幣を発行しました。その際に、江戸時代に使われていた「両・分・朱」から「円・銭・厘」に単位を改めました。新しい単位は10進法で「1円=100銭=1,000厘」となっています。
明治時代に確立した新貨幣制度
明治初期はさまざまな紙幣が流通したことで、お金の信用が失われたり偽札が横行したりします。そこで、近代的貨幣制度を整備すべく、明治政府は大阪に新しく造幣局をつくりました。また、アメリカ合衆国の銀行制度を参考に、全国各地の民間銀行で紙幣を発行するようになりました。その際にこれまで縦長の形だった紙幣が、海外のお札と同じ横長になります。その後、通貨価値を安定させるために民間銀行での紙幣発行を停止し、日本銀行のみが発行できる現在の形に変更します。当時の貨幣制度は「金本位制」と呼ばれ、1円で金1.5グラムと交換できることになっていました。このため、当時の紙幣は金と交換できる意味で「日本銀行兌換券(にほんぎんこうだかんけん)」といいます。1942年に金本位制を廃止して、政府が経済状況を見ながら通貨量を調整する「管理通貨制」に移行します。それ以降現在にいたるまで、日本のお金は「日本銀行券」と呼ばれるようになりました。
代表的な硬貨とお札の種類
明治時代から現代まで、日本ではさまざまな貨幣がつくられてきました。通貨の単位はずっと円ですが、金と交換できる金本位制度ではなくなり、お金のデザインは数十年ごとに変わっています。「古銭」と呼ばれる古いデザインのお金や記念コインなどは希少価値が高いケースも多く、場合によっては高値で取引されます。現行の貨幣を除き、代表的な硬貨やお札は次の通りです。・1円券(明治18年発行開始、大黒像)・10円券(昭和21年発行開始、国会議事堂)・50円券(昭和26年発行開始、高橋是清)・100円券(昭和21年発行開始、聖徳太子)・500円券(昭和26年発行開始、岩倉具視)・1,000円券(昭和38年発行開始、伊藤博文)・5,000円券(昭和59年発行開始、新渡戸稲造)・5年玉(昭和23年発行開始、穴無し、国会議事堂)・50円玉(昭和30年発行開始、穴無し、菊)・100円玉(昭和32年発行開始、鳳凰)
私たちの生活に欠かせないお金には約1,300年の歴史がある!
日本でお金が誕生して約1,300年。私たちの経済活動は、お金の価値が安定していることで成り立っています。日本の昔のお金は統一されていなかったり偽札が発行されたりと、お金の信用にかかわるさまざまな問題がありました。現在は数十年に一度の紙幣デザインの変更や偽造防止技術によって、便利で信頼できる日本円を使うことができます。最近ではポイントやカードを支払いに使う人も増えています。しかし、お金の重要性はきっと今後も変わらないでしょう。お金を使うときはデザインや素材、歴史について考えてみると、そのありがたさを実感できるかもしれません。